Air Technicianのリーダーとして活躍し、SUPER BALLでは2年連続でベスト16進出を果たしているKazane。

国内外で活躍を遂げる20歳が持つ独自のスタイルの起源と、大会にかける想いとは?

海外から受けた大きな影響

Kazaneは、当時では異例となる小学4年生からフリースタイルフットボールを始め、今年でちょうど10年目を迎える。

「地元の滋賀にある図書館の前で、Tsukasaが練習していたんですよ。それをたまたま見ていたら、ボールを渡されて、一緒に練習を始めました。僕の年齢で10年やっているのも、Yo(Air Technician)くらいじゃないですかね」

Tsukasaは当時、日本トップレベルのエアームーブを誇るフリースタイラーとして、YouTubeで話題を呼んでいた。4歳からサッカーを始めていたKazaneは、そのTsukasaとの出会いをきっかけに、フリースタイルにのめり込むこととなる。

それからYouTubeを通じてYoやKoheiと出会い、エアームーブを得意としたチーム「Air Technician」のリーダーとして、活躍の場を広げていった。

 

当時は高校生以下のフリースタイラーが目新しく、中学時代には“スーパー中学生”として話題を呼んでいた。

「注目を感じてはいたし、子供ながらに嬉しかったです。ただ、大人からこんなにいろんなことを言われて、大丈夫なのかと不安がっていた自分もいましたけど(笑)」

Tsukasaが海外のエアームーバーを参考にしていた影響もあり、当時はYouTubeで日本人よりも、Tom Folan(イギリス)やRocco(イタリア)、Fx(ハンガリー)など、世界のトップフリースタイラーを見ていたという。

その中でTek NeekやWhat Freestyle Has Becomeなどの映像作品に魅了され、自分の手で動画編集を手がけるようになった。

 

中学1年の時には、まぢりが主催していた「MP3」に出場した。これがKazaneにとっては初の大会となったが、YOSSHIやakitoなどの錚々たる顔ぶれが出揃う中で、なんと優勝を果たした。MP3は、JAMの延長線上のような誰でも気軽に参加できる大会ではあったが、それでもこの結果には「自分でも驚きを隠せなかった」という。

そして中学3年で、Red Bull Street Styleの大阪予選に出場した。ベスト16に進出し、あと1勝すれば全国大会進出が決まったが、惜しくもKU-TAに敗れた。それ以降は滋賀に住んでいたことや、大会が少なかったこともあり、表舞台に姿を表すことは減っていった。

それまでは「あまり大会に集中するマインドができていなかった」と振り返るKazane。本気で大会に向き合い始めたのは、高校3年の頃だと語る。

「実は1回フリースタイルをほぼやめた時期もあったんですよ。でも、当時はチームメイトのYo、Ibuki、OCHIOあたりがかなり頑張っていて。それを見て負けたくないという気持ちになって、フリースタイル熱が高まっていきましたね」

周囲の活躍に感化され、2016年には自身初の世界大会となる「SUPER BALL」に出場した。初挑戦ながらBattle部門でベスト16に進出したが、最後はKälldoff(スウェーデン)に敗れた。

翌年の大会では再びベスト16に進出し、チームメイトのYoとのバトルが実現した。同胞対決には敗れたものの、2年連続16強入りという好成績を収めている。

「SUPER BALLを初めて生で見た時は、日本の芸能人に会うよりも衝撃でしたね。動画の世界で見ていた人ばかりなので、うわ、本物だ!みたいな(笑)」

スタイルにも表れている“自由さ”

憧れの舞台を2度にわたって経験したKazaneに、世界で勝つために必要なことを問うと、「技の難易度」という答えが返ってきた。

「外国人はバカみたいにスキルが高いので。今の音楽を聴きながらバイブスで繋いでいくスタイルを生かしつつ、その中に入れる技の難易度を上げていければベストだと思います」

Kazaneのスタイルは、DEXやバウンス、ダッキング、クラッチなどの様々な要素を交えた“ごちゃ混ぜ”のエアームーブといえる。そのオリジナリティは、練習を「楽しむ」という心意気から生まれている。

「練習は気が向いた時にやって、調子が悪かったら途中で帰りますよ(笑)そこで変に頑張っても、なんか感度が下がっちゃう気がして。気が向けば1日10時間くらいやる時もありますけど」

 

チームメイトのYoとIbukiは以前にインタビューで、フリースタイルの練習以外に、身体を作るトレーニングを行っていることを明かしている。

参考:

世界で痛感した、ある一つの差。日本王者が決心した“再スタート”

Ibukiのクリッパースタイルの起源と、スキルを作る要素とは?

一方でKazaneは、特に決まったメニューも設けず「自由」に練習を楽しんでいる。

「良い意味では自由さがスタイルに出ていますし、悪い意味では甘えている部分もあると思います。ただ、僕は必死にトレーニングしてたどり着く楽しさよりも、そうして得られる楽しさのほうが好きです」

 

今のスタイルの起源には、YouTubeで見ていた世界のフリースタイラーによる影響もある。Tom Folanをはじめ、Michryc(ポーランド)やArtes(ロシア)など、変則系のエアームーブに憧れを抱いてきた。

そうして、昔はYouTubeでフリースタイルの動画を参考にしていたKazaneだが、今は「逆に見ないようにしている」という。

「今はスタイルや技が多すぎするので、変に影響を受けちゃうんですよ。あれをやろう、これをやろうと考え始めちゃって、バランスが崩れるというか。だから最近は、フリースタイルよりもダンスとかの動画を見て勉強しています」

異なるカルチャーから刺激を受けることで、その独自のスタイルは日々進化を遂げている。

「もっとヤバいんだぞ、というのを見せたい」

今年のSUPER BALLには、Yo、Ibukiとともに今年も出場する意向とのこと。しかし、2月に日本で開催された「DAZN World Freestyle Masters」を見ても分かるように、世界のフリースタイラーのスキルは進化を続けており、日本勢は例年以上の苦戦が予想される。

その中で、Kazaneが磨き上げてきたスタイルがどこまで通用するのか。前述した通り「技の難易度」が肝となる世界の舞台に、KazaneはYoやIbukiとは異なる戦い方で臨む。

「Yoは外国人に対して、外国人並みのスキルで対抗しているじゃないですか。Ibukiは元のスタイルがオリジナルなので、それが強みですよね。僕は技を連打して、相手にジャブを打っていくようなスタイルなので、そのジャブにもっと強いパンチを加えていくみたいな。そうすれば勝っていけると思います」

 

SUPER BALLでは2年連続でDouble Routine部門にも出場し、2大会とも決勝進出を遂げた。しかし、昨年はYoが大会中に負った怪我の影響もあり、ベストは尽くしきれなかった。

「Double Routineもリベンジしたいとは思っています。この部門はSUPER BALLにしかないですし、初めて出た時から、こっちのほうが1on1よりも可能性はあるのかなと感じているので」

悲願の世界タイトル獲得に向けて。そして昨年のリベンジを誓って、今年も夏の祭典に挑む。

そして最後には「大会でもっとKazaneはヤバいんだぞ、というのを見せたい」と語った。

日本一を決めるJFFCでは、2年連続でベスト32で敗退しており、思うような結果を残せていない。2016年にはNao、2017年にはKo-sukeと対戦するなど、運の悪さもあった。その悔しさも影響し、今年は目に見える結果を求めている。

また、今年は「Vibes Kings」という大会のオーガナイズを務めるなど、新たな試みも見せている。

「プレーヤーとしてだけでなく大会も開くし、もっとシーンを自分の手で楽しいものにしていきたいです」

今年で10年目を迎えた“若きベテラン”が、シーンを牽引していく。

投稿者プロフィール

Hiromu Tanaka
Hiromu Tanaka
中学生からフリースタイルフットボールを始め、大会やパフォーマンスなどに積極的に参加。現在はフリーランスで、スポーツを中心に様々なWebコンテンツを配信。JF3の運営をはじめ、フリースタイルフットボール界を盛り上げるべく、多岐に渡る活動を行っている。